特に書くこともない。

 書くこともないのにブログ更新が出来るのが私です。だって脳内が垂れ流せるんだもの。今はちなみに「デブだから息が苦しい」です。

 そんなの聞きたくないって。

 最近強く思うんだけど、芸術とは、ひょっとして、「俺を見てほしい!!!」っていう気持ちのことを言うのではないか。表現方法はその人によってさまざまだけど、苦しみとか喜びとか、思想とか、生き様なんかを誰かに(或いは世界中のみんなに)知ってほしいんじゃないかと。

 自分を知ってほしいとか見てほしいとかって感じる人って言うのは多くがやっぱり人より繊細で、人より親から認められなかったり親がいなかったりすることが多いんじゃないかと。

 だから上手く受け入れられた芸術家はいつまでもいつまでも死なないし、逆に「そういうつもりじゃないのに」って感じの受け入れられ方をした芸術家はすぐ死んじゃう。

 村上隆とか長生きしそうだなっていつも思う。

 アンドリューワイエスとかピカソとかみたいな、「親が芸術家」って人はまた別。アンドリューワイエスは中々我が道を突き進んでいて、その結果生まれる芸術をみんながありがたがって金を払うから安定していたんじゃないかなあと思うわけです。

 モーツァルトは小さいころにちやほやされ過ぎて、しかもその作品のせいで全く自我が育たなくて死んじゃったんじゃないか。

 知らんけど

 だから芸術家はツイッターをやるべきではないんじゃないのかといつも思うわけです。主張というか、見てほしい部分を文字で吐き出しちゃうとその分誤解を受けるというか、ほしい評価じゃないものが目に入ってしまうから。

 

 村上隆は別にやってていいと思うけど。メンタル強そうだし。周囲に彼におもねる人間が固まってて外部の雑音も入ってこなさそうだし。もう十分年取ってるし。