真面目な私

考えたら私は非常に真面目な人間なんですよ。いや、正確に言うと後天的に真面目さを植え付けられたというか、とにかく真面目なんですよ。いやほんとに。何してても「怒られないだろうか(ヒヤヒヤ)」って思って生きてるから。マジ。

他人のことをめたくそ覚えているとか、他人の顔を詳細に区別するとか他人が何をしたら喜ぶとかよく覚えてるのは、返してみれば自意識過剰につながるらしいという記事を読んで(ちょっと違うんだけど私はこのように解釈した)、なるほど、と思ったんだけど、私は他人に見返りを期待するわけではないので自意識過剰とは言えないが、自意識過剰な人は他人を詳細に把握したがるというのと繋がるなあと思ったわけです。

私は他人を把握し、相手が喜ぶことを「してやって」相手の「喜び」を期待しているのではないかと思ったわけです。今になって。いや、喜びを欲してるのはわかってたんだけど、喜んでもらえて嬉しい=私のおかげで喜んでいるって思いたいんだなって気づいたんだな。

そのことが悪いことかというと、悪いことではない。突き詰めていくとこれは金になることだから、これで金を稼げない人と比べたら良いことである。

そう。つまり、金にならないと、一言でいうと「あわれな人」になるわけです。いや友達相手にやってる分には哀れじゃないんだよ。だって友達ってそういうんじゃないじゃん。いやでもそれを不特定多数にしてると哀れな人なんだよ(混乱)

流行を追わず、好きな色の服を着て、楽しいと思えることをして、好きなように振舞う私の子供たちを見ていて「(*´ω`)いいなあ」って思う今日この頃。他人のために必死に頑張ってきた哀れな私はいい年してようやく己と向き合い己というものを得ようとしているわけです。感動だね?