ポール

そういえばまたポールマッカートニーの話になるんだけど、ポールが昔のインタビューでジーザスクライストについて語っているのがあったよ。

「入口のところに、ある男が現れたので、どなた?って聞いたら ”ジーザスクライスト(イエス・キリスト)です”って名乗るじゃん。そんで、何か何も言わずにそこに突っ立っているから、とりあえずやかんを火にかけて、お茶でも飲む?って聞いたんだよ、そしたら飲むっていうから、中に入れてさwそんで、ジーザスをどうやってもてなしたらいいのかもわからないし、とりあえずバンド練習見る?何もしゃべらず静かに座ってるだけなら見てもいいよって言ったんだよ。そしたらその男ちゃんと静かにスタジオの隅っこに座ってじっとしてたよ。その時確か ”Fixing a hole”を録音してたよ。そんで一曲終わったら帰って行った。」

的なこと言ってたw

面白すぎるだろうポールマッカートニーよ。

hara-hetta

ハラ・ヘッタ

ちょっとスウェーデン語みたいね。

なんとなく思ったんだけど第一言語ってあるじゃん自らの。第一言語以外に別の言語を習得している人はごまんといると思うんだけども、多分だけど、それで文学を生み出すほど習得してる人はいないよね多分ね。

スウェーデン語はドイツ語や英語に似てるからかなりいい線行きそうな気もするけど多分、まぁ移住とかすればいいのか。移住とか、或いは親の片方が別言語話者とかならいけるか。

それで思い出した、ええとなんだっけな。。。タイトル思い出せないな。。。

オスカー・ワオの短く凄まじい人生

結局思い出せなかったから「英語 スペイン語 新潮クレストブックス」で検索しちゃった☆

これはスペイン語と英語が混ざった本で、中身は超面白かったからおすすめ。

これを見習って、セリフは全部日本語でそれ以外を英語という本、売れなさそうだなって今思った。

目覚めの前の話

ひとつ前に「目覚め」の投稿をしたんだけど、その前に半分寝ながら書いていた投稿はアップロードされていなかったよ。笑

さすが寝てるだけあるね。眠いしか書いてないんだけどね。寝てたね確実にね。

目覚め

なんかめっちゃ目が覚めた。超起きた。さっきまで危なかったけど。

ほとんど寝てたけど、業者の作った書類をチェックしてたらに不審な点を見つけた。

変だな変だなって思ってたら目が覚めた。ありがとう業者よ。

前任の担当者が無能過ぎたけど、新しくやってきた人が落ち着いていて余裕のある態度だったので安心して任せられると思ってた矢先にこれですよ。

やっぱりここにやってくる業者は信用ならねえ。

なんでこんなに無能でも務まるんだろう?

アドヴェント

眠いよ、眠すぎるよ。毎日こんなに眠くて大丈夫なんだろうか。今日も映画で寝ちゃうのではなかろうか。

アドヴェントカレンダーを自作しようと思ったんだけど、完全に忘れてて昨日慌ててお菓子を買いに行きました。アドヴェントカレンダーは基本小さな飴やら紙みたいなチョコレートやらが入っていて、ふたをめくる楽しみみたいなのが一番なんだけど、如何せん自作アドヴェントカレンダー子供の人数分っていうのが無理じゃん。印刷屋さんじゃないんだからよ。

だから封筒に小さな菓子を入れて壁に貼ることにしたんだけど、封筒に小さな飴一つっていうのが寂し過ぎて飴一粒入れた後、少し考えてもう2粒くらい足しちゃうんだよね。

そうこうしているうちにだんだんエスカレートしてきて最終日はもうお菓子のブーツかよみたいなことになっちゃった(去年の話)。

でその話をしたら子供たちが、「これは毎日ひとつずつお菓子がもらえることに意義があるんだよ」というので、じゃー来年は一つずつ入れよう、たった一つの飴だとしても嬉しいなら!

て思いながら封筒に一つ、二つ、三つと増やしながら入れていく母(私)。

無理なのおお!!昨日は飴一粒だったから今日は何かな~~ってなっちゃうでしょう普通!!その期待に応えなきゃってなるの!!

なんか変な挙動した

なんか今「投稿を追加」を押したらタイトル「水木」みたいなの出てきた。大丈夫かな、とりあえず再起動したけど。過去の投稿に何も影響がないことを祈る。

おかげで何言おうとしたのか忘れた。

水木

しげるなんだけどさ。

私は水木しげるが好きなんだけど、多くが水木しげると言えばゲゲゲの鬼太郎なせいで、水木しげるが好きだというとみんな「あー妖怪好きなのね」みたいな反応になるんだよね。

でも私が水木しげるを好きになったきっかけは「ラバウル戦記」というエッセイで、そこに書かれた水木しげるの戦争体験からなんだよね。で、そのあと「テレビくん」(デビュー作)読んで、そんで色々マイナーなの読んでようやく「墓場の鬼太郎」なんだよ。絵はすごく好きなんだけど長編になるとほとんど読んだことないよ!河童の三平とかも途中までしか読んでないし悪魔くんも読んだことないよ!鬼太郎も河童の三平も、途中途中挟み込まれる小さな一言が超好き。

あと改行も好きなんだよね水木しげる漫画の。

というわけでゲゲゲの鬼太郎好きだと思われるとちょっと恥ずかしいんだけど(アニメ見たことないし)、でも何年か前にやってた劇場版鬼太郎は超ビックリするほどよかったよ(ハァハァ)

きっとアニメおたくはこういうゲゲゲの鬼太郎を知っているんだろうなと思ったよ。

でも私は水木しげるの絵と思想が好きなんだということを何度も繰り返し伝えたい。

映画

劇場版忍たま乱太郎ドクタケ忍者最強の軍師(タイトルあやふや)が今日から再放映ですってよ。あの白目になる4DXもまた体験できるみたいです。

うちは末っ子と二番目がちょっとオタク気質なので映画忍たま乱太郎を見てちょっと忍たまオタクになっちゃったんだよね。今までは、忍たまって、何となく夕方の、晩御飯準備時に流れているEテレの一部で、みんな何となく見ていて、ほとんどが、何となく知ってて、みんな何となく土井先生と六年生はかっこいいっていう認識だったと思うんだけど、またそのおかげで「好きなアニメキャラは?」という踏み絵においてもとりあえず土井先生って言っておけばオタク色も無く、ほぼ全員の同意を得られる、無難なアニメだったはずなんだけど、あの映画のせいで多くの目覚めしオタクがわんさと立ち上がってしまって今や忍たま好きとも言えない空気になってきている。

まぁあの映画はほんとかっこよかったから仕方がないとは思うんだけどね。

まあ当然見に行くんだけどね。私もね。

再び始まるドラマのために

ギター弾いていて、なんか、曲っていうのはやっぱりコード進行があるんだなって強く感じるわけです。

そんで色んな曲を弾いていて、やっぱりまぁビートルズは唯一無二な存在なので、置いといて、それ以外の一般的な歌謡曲を聞いていると、「恥ずかしいコード進行」とか、「金持ちそうなコード進行」とかがあるわけです。

松任谷由実とか全然好きじゃないんだけど、勿体ないコード進行を惜しげもなく使っていて、「ウッ……!これが金持ちッッ!」
と、よく感じます。つって一曲しか知らんけど。(まちぶせ)

そしてなんといってもタケカワユキヒデさんです。外大のイメージからして、なんかゴダイゴというのは汚い集団なのだろうと漠然と思っていたのですが、彼の作る曲が悉く金持ちの坊ちゃん進行。まじかよ。外大なのに??

お育ちが良すぎるコード進行。

G→D→Em→A7
(新しい風ーに、こころを~あらおーおお)

Dm7-5→G→Am→Am/G
(おもいでーだけどー)

惜しげもなくEm→A7 Dm7-5→G→Am→Am/G てあんた!

Em→A7は一曲の中のメイン箇所って決まってんのよ!!!!そこに更にAm→Am/Gを同じ曲に入れちゃうこの湯水のように勿体ないコード使い!!!

以下「まちぶせ」(松任谷由実)
Am→D→G
(きれいになーったのは)

勿体ないッ!

Am→D→Gをこんな途中に使う金持ちッ!!

田舎から出て来た少年の作った曲は、その勿体ないコード進行が当然のようにサビに使われており、しかも何度も出てきます。また、貧乏なコード進行もあります。貧乏だから、キラリと光る部分を大切にするあまりそこに至るまでの道のりがやたらと上り坂です。

良し悪しではなく、出ちゃうもんなのかなって思うわけです。

日々穏やかな金持ち生活を送らないといい曲は作れない。非金持ちはもうロックやるしかない。そうかも。

あ、あとあれね、恥ずかしい青春のコード進行っていうのもあるよ。内なる炎を表現する恥ずかしいやつもね。私が作ったら絶対恥ずかしい奴になっちゃう。

ばかやろう

逃避行動

トウヒって打ったら当たり前だけど頭皮が出てきたよ。さっき書いたもんね、そうやってね。

よく聞く話だけど、酷い虐待を受けたりすると、もう脳が「無理っ」つって、人格を解離させて別の人間が作られるじゃん。あれは脳がヤバすぎることを回避してなんとか乗り切ろうとしているという解釈らしく、同じようにひどいストレスを感じると人間はメタ視点になるらしいよ。

ストレスをそのまま受け付けないから、視点が上の方というか、別の人間みたいになって、世界を見る目が、自分の目を通して直接体験する、ではなく、劇とかテレビとか映画とかを見ているみたいになるんだって。

本当かどうか知らんけど、私はかなり小さいころからそういうふうに世界を見ているところがあって、まぁだから色んなことを漫画に描いちゃうんだと思うんだけど、もうあらゆることをネタにして後で漫画にしよっとって思っちゃうんだよね。

これはもう癖になっていて、全ての出来事を、どの構図で切り取って残そうかなっていつも考えちゃう。(画力が足りなくていつも正面からの絵になるけどね)

現実世界に強いストレスを感じているせいなのか、それとも小さいころ強いストレスを感じていたため乖離してしまった視点が現在でも残り続けているのか知らんけど、日々そうやって面白かったことを書き残してるから、子供たちも割とそういうことをするようになっていて、アレは私と同じようにストレスを感じてそうなったのか、それとも普通に私がいつもやってるからそれが当たり前なのか、考えちゃうね。